決算対策の基本

役員社宅で手取りを増やす仕組み — ただし当社は使っていない

役員社宅で手取りを増やす仕組み — ただし当社は使っていない

役員社宅は、解約時に益金として戻ってこない恒久型の対策として知られています。今期だけ税負担を先送りする課税繰延と違い、法人の損金と役員個人の手取りの両方を同時に動かせるため、効果が大きい対策の代表格です。

ただし、この仕組みには使える会社と使えない会社があります。当社(株式会社87Technology)は「使えない側」です。理由は代表の自宅が持ち家で、法人が住宅を借り上げて役員に貸すという前提に条件が合わないためです。

この記事は、役員社宅を検討している中小企業・マイクロ法人の経営者に向けて、仕組みと賃貸料相当額の計算を国税庁の基準で整理し、使うための条件と落とし穴、そして当社がなぜ使っていないのかまでを含めてまとめたものです。効果が大きいとされる対策が、自社の条件では使えないこともある。その実例として読んでいただければと思います。

会社が家賃を負担し、差額が損金になる仕組み

役員社宅とは、法人が住宅を借り上げ(または所有し)、それを役員に貸し付ける形をとる仕組みです。

流れはこうです。まず法人が大家さんと賃貸契約を結び、家賃を会社の経費として支払います。次に役員から一定額の家賃を徴収します。この徴収額を「賃貸料相当額」といい、国税庁の基準で計算します。会社が負担した家賃と、役員から受け取った賃貸料相当額の差額が、会社の損金になります。

個人で家賃を払う場合と比べると、お金の流れが変わります。役員が自分の給与から家賃を払う場合、その家賃は給与課税された後の手取りから支出しています。一方、役員社宅にすれば、家賃の大部分を会社が損金として負担し、役員は賃貸料相当額だけを負担すればよくなります。

ここで重要なのが、役員が賃貸料相当額以上を支払っていれば、役員側に給与課税が生じない点です。会社が肩代わりした家賃の差額は、役員の給料が増えたわけではないため所得税・住民税がかかりません。会社の損金が増え、役員個人の課税は増えない。この両面が同時に効くため、恒久型の対策として扱われます。

賃貸料相当額は3つの要素の合計で計算する

役員社宅で最も重要なのが、役員から徴収する賃貸料相当額をいくらに設定するかです。ここを国税庁の基準どおりに計算しないと、後述する給与課税のリスクが生じます。

計算方法は住宅の規模によって変わります。多くのマイクロ法人が使う「小規模な住宅」に該当する場合、賃貸料相当額は比較的低い金額で済みます。

小規模な住宅とは、国税庁タックスアンサーNo.2600によると、法定耐用年数が30年以下の建物では床面積132平方メートル以下、法定耐用年数が30年を超える建物では床面積99平方メートル以下の住宅を指します。木造アパートや一般的なマンションの一室であれば、この範囲に収まるケースが多くなります。

小規模な住宅に該当する場合、賃貸料相当額は次の3つの合計で計算します。

ポイントは、この計算が実際の家賃相場ではなく固定資産税の課税標準額をベースにしている点です。固定資産税の課税標準額は市場の家賃よりかなり低く抑えられていることが多いため、賃貸料相当額は実際の家賃の1〜2割程度に収まることも珍しくありません。会社が家賃の8〜9割を損金として負担できる計算になります。ただしこの割合は物件の立地や築年数、固定資産税評価額によって大きく変わり、都市部の新しい物件では賃貸料相当額の割合が上がることもあります。実際の金額は物件ごとに計算して確かめる必要があります。

なお、固定資産税の課税標準額は市区町村が発行する固定資産課税台帳や課税明細書で確認できます。賃貸物件の場合、貸主に問い合わせるか、役所で確認する手続きが必要になります。

小規模でない住宅・豪華社宅は計算が変わる

床面積が上記の基準を超える住宅は「小規模な住宅」に該当せず、賃貸料相当額の計算が変わります。

自社所有の場合は、建物の固定資産税の課税標準額の12パーセント(耐用年数30年超の建物は10パーセント)と、敷地の固定資産税の課税標準額の6パーセントの合計の12分の1が、1か月あたりの賃貸料相当額になります。借り上げの場合は、会社が支払う家賃の50パーセントと、自社所有の場合の計算額のいずれか多い額です。いずれも小規模な住宅より役員の負担が重くなります。

さらに注意が必要なのが「豪華社宅」です。No.2600では、床面積が240平方メートルを超えるもののうち、取得価額、支払賃貸料の額、内外装の状況等を総合勘案して判定するとされています。加えて、床面積が240平方メートル以下であっても、一般に貸与されている住宅等に設置されていないプール等の設備や、役員個人のし好を著しく反映した設備等を有するものは、豪華社宅に該当します。

豪華社宅に該当すると、これまでの計算式は一切適用されません。通常支払うべき使用料に相当する額、つまり市場家賃そのものが賃貸料相当額になります。会社が負担できる損金はほぼ残らないため、対策としての効果は消えます。役員社宅を狙って高級物件を選ぶと、かえって効果を失うわけです。

使うための条件と、給与認定される落とし穴

役員社宅を機能させるには、いくつかの条件を満たす必要があります。

まず、契約名義を法人にすることが前提になります。個人名義で借りた物件を後から社宅扱いにするのは難しく、会社が大家さんと直接契約を結び、会社の経費として家賃を支払う形が原則です。これから物件を借りる、あるいは契約を更新するタイミングであれば実行しやすい一方、すでに個人名義で長く住んでいる物件を切り替えるにはハードルがあります。

次に、賃貸料相当額を実際に役員から徴収することです。これが最大の落とし穴になります。計算した賃貸料相当額を役員から受け取っていない、あるいは相当額より低い金額しか受け取っていない場合、No.2600の記述どおり、賃貸料相当額と実際に受け取っている家賃との差額が給与として課税されます。会社が全額を負担し、役員から一切徴収していないケースでは、賃貸料相当額の全額が役員の給与とみなされる可能性があります。

制度を導入したつもりでも、毎月の徴収を実際に行い、給与明細や会計処理に反映していなければ、税務調査で給与認定されるリスクが残ります。役員社宅は「契約すれば効く」対策ではなく、賃貸料相当額の計算と毎月の徴収という運用が伴って初めて成立する対策です。

当社が役員社宅を使っていない理由

ここまで仕組みを整理してきましたが、当社は役員社宅を導入していません。

理由は、代表の自宅が持ち家だからです。役員社宅は、法人が住宅を借り上げて(または新たに所有して)役員に貸すことを前提としたスキームです。代表がすでに持ち家に住んでいる当社の場合、法人が借り上げる対象となる賃貸物件が存在せず、この前提そのものに乗れません。

持ち家を活かす方法として、代表個人が所有する自宅を法人に売却し、法人所有の社宅として役員に貸し付ける手法は存在します。ただし、これは自宅の譲渡に伴う税務や登記、その後の法人所有物件としての管理まで含めた別の意思決定であり、当社はそこまではしていません。この選択の是非には本記事では立ち入りませんが、少なくとも当社は自宅を法人に売却しておらず、役員社宅も運用していない、という事実だけを明示しておきます。

当社が伝えたいのは、効果が大きいとされる恒久型の対策でも、自社の条件に合わなければ使えないという点です。役員社宅は制度としては強力ですが、賃貸物件を法人名義で借りていること、あるいは借りられる状況にあることが前提になります。持ち家の経営者にとっては、そのままでは選べない対策です。当社は代わりに、旅費規程を整備した出張日当のような、自社の実態に合う恒久型の対策を運用しています。使える対策を使い、使えない対策は無理に使わない。その取捨選択も決算対策の一部だと考えています。

まとめ

役員社宅は、会社が家賃を損金として負担し、役員は賃貸料相当額だけを負担することで、法人の損金と個人の手取りの両面を動かせる恒久型の対策です。要点を整理します。

役員社宅は、この記事の分類でいう恒久型の対策にあたります。今期だけ税負担を先送りする課税繰延との違い、そして恒久型と繰延型をどう組み合わせるかは、決算対策の土台になる考え方です(関連記事: 「節税」と「課税繰延」の違い — 決算対策商品に騙されないための基礎)。


本記事は一般的な税制の解説および当社自身の事例の紹介であり、個別の税務判断を行うものではありません。税制は改正される可能性があります。実際の適用にあたっては、顧問税理士等の専門家にご確認ください。